本「哲学ブログ」の記事一覧です。過去のトピックを知りたい、読み直したい方はこちらからどうぞ。記事の更新に合わせてこの一覧も定期的にアップデートしていきます。
「シンボル」とは「習慣的に他のものと結び付けられた記号」であり、私たちの言語もこのシンボルの一種である。これが前回に確認したことでした。どういうことかというと「言葉」と「言葉の意味(ここでは各々の言葉が指し示す対象のこと)」、例えば「鳩」…
前回は「抽象化 abstraction」というワードから、物事の1部分を抜き出して扱うことのメリット・デメリットを取り上げました。続いて今回は、「記号化 symbolization*1」—— 「シンボル symbol」という言葉に注目したいと思います。先に触れておくと、「抽象…
「抽象化」と言うと、ビジネススキルないし思考法としてしばしば取り上げられている言葉なので、そちらをイメージするという方がおられるかも知れません。勿論、同じ言葉でもありますし基本的にはその理解で間違いないのですが、今回のテーマはその裏と表を…
「○○主義」と聞くと、どんな印象をお持ちになるでしょうか。 筆者の感覚からすると、少し遠慮したいというか、遠ざけたいというイメージをお持ちの方が結構な割合でおられるのではないかと感じています。特に前回に取り上げた「分断 Division」との関係で言…
前回、前々回にキーワードとして取り上げた「多様性 Diversity」に続いて、今回は「分断 Division」。この数年で「社会の分断 social division, division of society」という語を聞く機会は随分と多くなり、まさに現代の鍵となる言葉の1つと言っていいので…
「多様性」という言葉はその中に「不一致」を含んでいる ―― 多様であるということは互いに何かしら違っているということのはずですから、これは不思議でも何でもありません。しかし「多様性を尊重する社会」というものを考えた時、この不一致は何処に行くの…
この記事は2020年12月31日の夜(だいたい21時頃~)に書いています。 大晦日ということもあり、何か1年を締め括るような内容を書き残すことができれば、と思っていたのですが、悲しいかな「2020年」について、何かすっきりとまとまった考えを筆者はまだ持ち…
前回、前々回と本記事はプラトンの宇宙論の概要を辿ってきました。確認してきた図式としては、前回の最後にまとめた通り、 ① モデルとしてのイデア ② 材料としてのコーラー ③ 変化の原動力としてのヌース ④ 変化の目的としての善 これらを生成変化する世界を…
前回は、世界の成り立ちに関してプラトンが提示した体系的な図式について、その入口部分をご紹介しました。① 創造主としてのデミウルゴス ② 創造のモデルとしてのイデア ③ イデアを受け取る材料としてのコーラー(場所)というセットがその基本的構図となり…
気付けば、ソクラテスに続いてプラトンも随分長く取り上げています。特に政治理論については、国体論や哲人王思想など、プラトン自身の問題意識も交えてかなり踏み込んだところまでご紹介することができました。しかし、ソクラテス以前の哲学者たちとの繋が…
前回、前々回と本記事ではプラトンの対話篇『国家』を参照しながら、プラトン自身がイデアに関する説明として持ち出す「太陽の比喩」、「線分の比喩」を見てきました。今回はそれらに続く第三の比喩、即ち「洞窟の比喩」を見ていきたいと思います。3つの比…
前回までに、連続6回に渡って本記事はプラトンの政治理論を扱いました。今、それが一段落したところで少し触れておきたいことがあります。それは、プラトンが提示した政治理論にどのような現代的意義があるのかということ —— 少し言い方を変えると、どんな…
前々回、前回とプラトンの後期対話篇の一つ『政治家』から、理想的な政治家の在り方とその不可能性、また法律の安易な改変に対する危惧を取り出して順にご紹介してきました。 しかし —— これらの記事を読んで戴いた方はお気づきのことかと思いますが —— プラ…
前回は、プラトンの後期対話篇から『政治家』を取り上げ、プラトンが国家の法律というものをどのように理解していたのか、その入口となる部分を紹介しました。 とりわけ注目しておきたいのは、この時期にもプラトンが哲人王思想を —— より厳密には哲学と政治…
一連の記事の中で、私たちはプラトンの政治理論を「正義」の追求、国制の変遷、哲人王思想といった具合に順に確認してきました。その説によれば、哲学を収めた人物 —— 利己主義や相対主義に陥らない「知恵」を備えた人物による統治こそが国家の理想像という…
簡単に前回の復習から。国家の徳とは、「知恵」・「勇気」・「節制」 の3つ —— 国の統治者が担う「知恵」と、軍人ないし貴族が担う「勇気」、そしてその他の人々の欲望が制御されている状態としての「節制」でした。これらはいずれも、国家を保持するために…
「正義」とは何か。 アテナイでは、誰もが「正義」そのものではなく「正義の人という評判」、そしてその結果として得られる利益を求めている。「正義そのもの」とは一体どのようなもので、それ自体として求める価値があるとどうして言えるのか……これが、対話…
前回は、プラトンが生きた時代を特徴づけるアテナイの政治的盛衰について確認しました。王政から寡頭制(≒貴族制)、民主制へと至り、やがて衆愚制から僭主独裁という末路を辿ったアテナイ(但しその後、民主制に復帰してはいますが) —— その凋落を見届けた…
ここ何回か、イデア論を巡ってプラトンの著作『国家』に何度か言及してきました —— こんな風に思われた方もいたかも知れません 。「『国家』ということは国家論? プラトンは政治思想家だったの?」と。答から言えばその通りです。より正確には、プラトンは…
前回はプラトンによる対話篇『国家』を参照して、<善のイデア>について説明する太陽の比喩を確認しました ―― 今回はそれに続いて、もう一つプラトンが提示した比喩を見ていきたいと思います。 太陽の比喩をソクラテスから聞かされたグラウコンは、一応の了…
先回、本ブログではプラトンのイデア論について取り上げました。ソクラテスが問答法を通じて追い求めた事物の「定義」を与えるものでもあり、また私たちが確かな「知識」を持ちうることの根拠としての役割を持つもの。私たちの魂は、この世界を離れた何処か…
某日夜、筆者が主催する「こうち哲学カフェ」が第1回を迎えました。オンラインでの開催となり少しお互いの距離を感じる反面、距離を保ったまま話ができるという側面もあり…...話辛くもあり、話し易くもある。また少し違う哲学カフェの在り方を新鮮に感じて…
ソクラテスは、存命中に一冊の書物も書かなかったと伝えられています。その彼の教説について我々が詳しく知ることができるのは何故かと言えば、それは弟子たちがソクラテスの言葉・思想を引き継ぎ、書き残したからに他なりません。そうした弟子たちの中に、…
前回の続きです。今回も「Seekers」様主催の「対話すなっく」の回想になります。 相手の怒りを認める ―― 「謝罪」の意味 さて、このように考えると謝罪が専ら感情に関わるという理由も分かってきます。もし謝罪が「負担のコスト化」に他ならないとすれば、こ…
某日、高知大学の学生プログラム「Seekers」様が定期的に開催しておられます、「対話すなっく」と銘打たれたオンライン哲学カフェに参加する機会を戴きました。 テーマは「謝罪」。 最近、何か謝ったことはあった? 逆に許したことは? 「ありがとう」と似た…
ソクラテスに関わるトピックをかれこれ10日間、あれこれと取り上げてきました。キリよく10日となったのは偶然ですが、次に進む前に、折角の機会なので現代の視点、少し離れた場所からソクラテスについて考えて見たいと思います。それは何より――記事を書き始…
今回は、前回に引き続きソクラテスの倫理思想を解説していきます。 エレア派の哲学者たちやソフィストによって、古来の「徳」のあり方、ノモスとピュシスの一致は最早アテナイにおいて顧みられなくなりつつありました。混迷を深めていくポリスにもう一度ある…
前回の記事では、ソクラテスに至る古典期ギリシアの歴史の中で、「徳」という言葉の移り変わりがあったことをご紹介しました。ノモス(人間の法)が成立するポリス以前の時代からノモスとピュシス(神の法)の神話的一致が受け容れられていた時代にかけては…
ソクラテス以前の哲学者たちの議論を概観したところで、もう一度ソクラテスに眼を向けることにしましょう。とはいえミレトス学派に始まる万物のアルケーの探求は、実際のところソクラテスの主な関心事ではありません。彼が求めたものは、何よりも「人間とし…